産んでくれて 育ててくれて ありがとう ~2023年2月

さわやか立花館(福岡市)
副施設長
和田 清己 さん

 私は昭和37年に生をうけ、61年が過ぎようとしております。生まれる時は帝王切開の難産で、出生後もすぐに私の足の付根に腫瘤が見つかって手術をしたと聞いており、出生時より何かと心配をかけたものでした。

 両親は共働きをしていたため、小さい時から祖父母の家で育ちました。祖父母は私が寂しくないようにたくさん愛情を注いでくれました。祖父母にしっかり懐いたせいか、反対に両親に近づかない子供になってしまい、両親には寂し思いをさせていたのかもしれません。

 小学校低学年の時に父と母が離婚し、子供ながらに孤独を感じたことで母にはかなり反抗的な態度をとった記憶があります。中学、高校と母親への反抗も強くなりましたが、そんな私を母は黙って受け止めてくれました。もともと視力に障害があり、分厚いレンズの眼鏡をかけていた母の目は、レンズ越しに小さくパチパチしていました。反抗心が強かった私ですが、高校卒業後、病院に就職を決めてきた時には母がものすごく驚き、いつも小さく見える目がその時は大きく見えて、思わず笑ってしまいました。母子家庭ながら、苦労せず就学できたのは母の力だと今でも感謝しております。

 母は現在、視力が全くなくなってしまい、視力障害者のための介護施設へ入居しております。私も病院勤務を経て介護施設で勤務をしているのは何かの縁でしょうか。時折は母の施設へ訪問して会話をしますが、日に日に小さく見えてしまいます。本当に苦労をかけたなと今になって痛感しています。「おふくろ、ほんとうに産んでくれてありがとう」と、次回会うときは言葉で伝えたいと思っています。