さわやか住吉館 (大阪府大阪市)
介護リーダー
野村 早苗 さん
お父ちゃん、お母ちゃん、産んでくれて育ててくれて本当にありがとう!
今から55年前、私は神戸市東灘区の母の実家の近くの助産師に取り上げていただいたそうです。それから大阪市住吉区で育ちました。
市場で総菜屋を営む両親のもと、次女として何不自由なく育ちました。子供のころから当たり前のように店の手伝いをしており、特に年末は忙しい為、朝早くから「洗濯」「掃除」「接客」など、皆が遊んでいる時に私と姉は店の手伝いをしていました。
当時、市場でお店を営んでいる家の子供はみんな家の手伝いをしていたので、私も普通に手伝いをしていました。しかし学生時代になると遊びたいがために、お金のことを気にもせず私学、短大へと進学もらいました。今考えるとなんてことを両親にさせていたのかと思います。
就職して結婚し、子供が産まれ、両親に孫の顔を見せることができました。その後父が亡くなり、18年前、私が42歳の時にくも膜下出血を起こしました。姉も癌になり、母一人に不安や心配を掛けました。
姉は46歳で他界し、私は44歳で離婚しました。母は「今まで十分頑張った、子供を連れて帰ってきなさい!」と言ってくれて、子供にも背中を押してもらって、実家のある住吉区に戻りました。そこで介護の資格を取り、11年前から「さわやか住吉館」にて働かせていただいています。
入社したのは下の娘が小学校に入学した頃だったので、夜勤の時は実家に子供を預けて仕事に行き、母にすごく助けてもらいました。今はつかず離れずの距離に一人で住んでいる母……。父が亡くなったときにもっと親孝行をしておけばよかったと反省していたのに、近くに住んでいるからいつでも会えると思いつつも会いに行かず……。
でも母は気楽に自分の好きな「踊り」など趣味を楽しんで、生き生き過ごしています。子供に迷惑をかけないよう、自分なりに身体のことを気遣い頑張って元気でいる母も今年で80歳です。今でも母には助けてもらっています。本当にありがとう!
お母ちゃん、まだ何一つできていませんが、介護で身につけたことを活かして、今後はお母ちゃんの面倒を見るからね。産んでくれて本当にありがとう。