思い出の場所へ家族ともう一度 ~エンド オブ ライフ 施設職員ができること~

ライフマップで生きがい発見!! story40
さわやか枚方館(大阪府枚方市)

全国老人福祉施設協議会が発表した「看取り介護指針・説明支援ツール」では「看取りとは近い将来、死が避けられないとした人に対し、身体的苦痛や精神的苦痛を緩和・軽減するとともに、人生の最期まで尊厳ある生活を支援すること」とされています。

看取り=エンドオブライフケアにおいて、「エンド」は「おわり」、「ライフ」は「いのち」を意味します。エンドオブライフケアは誰しもがいつかは経験する、いのちの終わりについて考える人が「彼または彼女らしく」生きられるように支援するケアのことです。

今回はエンドオブライフケアについて着目し、さわやか倶楽部で作成した「ライフマップ」を活用してご本人、ご家族様の意向をもとに希望が叶えられるようにと職員が関わっていくことができた事例です。

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S様は誤嚥性肺炎で病院に入院され、点滴治療を受けられていましたが回復の見込みがなく、医師からは「点滴をしなければ余命わずか」という説明をご家族様が受けられました。病院の面会時間には制限があるため、S様と共に残された時間を過ごしたいと考えたご家族様は、S様の姉が入居しているさわやか枚方館に看取りの方向で入居できるか相談に来られ、2023年10月12日に入居となりました。

入居の際、S様は自分で意思表示をされていたことから、残された時間を有意義に過ごしていただきたいと考え、ケアマネージャーの長谷川さんがライフマップを使ってこれからどのように過ごしたいのか聞き取りを行いました。

こちらがその内容です。

ライフマップの中で確認されたS様の趣味嗜好の1つ目は「競馬場への外出」です。この話を思い出している時、S様もご家族様も「もう一度行きたいね」とお互い顔を見合わせ、笑顔が見られました。

2つ目は、昔よく奏でていたという「クラリネット」です。ご家族様も「おやじ、高校生の時にクラリネットしてたから、本気で演奏家になりたかったと言ってたよね」など、一緒に思い出を振り返ってらっしゃっていました。呼吸機能が弱くなったため演奏はできませんが、ベッド横の棚の上には愛用のクラリネットが飾っておられ、オーディオからはS様が好んでいた行進曲が流れていました。

S様の今後の過ごし方を考えるにあたり、今回は1つ目の「競馬場への外出」に焦点を当て、実現を目指してスタッフ間でカンファレンスを行うことにしました。

まずは、ケアマネージャーによる支援計画の立案の中で、S様が希望する競馬場に馬を見に行くという項目を取り入れ、外出できるように支援を実施していくことにしました。S様、ご家族様ともに、昔行った思い出の場所へ行きましょうと「未来への目標」を約束されていました。

介護士は、S様が外出するための体力が維持できるように

  • 決まった時間に車いすへ移乗する
  • ベッドの頭の高さを30度から80度まで徐々に起こす(ギャッジアップ)
  • 車いすに座っている時間を調整する

と段階的に支援を行い、看護師は体調管理、異常の早期発見として、

  • バイタルサイン(脈拍・血圧・呼吸・体温)の測定
  • 循環動態(血液の流れ)の観察
  • 状態変化のチェック

を行うなど、それぞれの職種ごとに役割を果たしながら支援、介入していきました。

先に入居されていたS様のお姉様は、弟が入居してきて同じところで生活ができると、とても喜んでおられました。ご家族様の意向により、お姉様にはS様の状態を説明していません。きょうだいで楽しそうに話している様子を見ながら、私たちは看取りで去り行く人に対してだけでなく、お姉様にも思い出を残してあげたいという気持ちが強くなり、本気で支援しないといけないという気持ちが固まりました。

その後もスタッフでS様のケアに携わりながら準備を進め、いよいよ出発する日を決めようと考えていたところ、突然の発熱と呼吸状態悪化で救急搬送され、入院となってしまいました。病院では胆のう炎と診断され、ご家族様の希望で2023年11月2日に胆のうの摘出手術が行われました。

手術後の経過は良好で、枚方館へ帰館されることになりましたが、S様は絶飲・絶食で酸素投与中、看護師によるたん吸引も必要な状態だったため、競馬場への外出は諦めないといけないなと、スタッフ間で話していました。

しかし、ご家族様から「家族旅行の件はまだ諦めていないです。今、点滴したり吸引したり酸素をしていますけど、なんとかちょっとでも外出して思い出作りができませんか」とお話がありました。確認すると、S様ご本人からも「家族で外出したい」という希望を聞くことができました。

 この状態で行けるのか?
 外出させたいという気持ちはもちろんあるが、行動に移していいのか?
 それは職員のエゴにならないのか?

と葛藤しましたが、スタッフ間でのカンファレンスをする中で、できることはしてあげたい、未来への約束をなんとかして叶えてあげたいと考え、勇気を出して行動に移すことにしました。

競馬場への外出については、目標と目的を以下のように定めました。

 目的:家族との楽しい思い出を作っていただく
 目標:安全に思い出の場所へ行ける、安心して楽しめる環境作り

そして、往診医の先生へ現在の状況報告も含めて相談したところ、外出の許可が得られました。外出の前日にも先生が往診に来ていただき、S様の状態を確認した上で最終許可を頂くことができました。また、状態が急変した場合に備えて、受け入れ依頼ができる体制も確保しました。

ご家族様には急変のリスクを説明し、実行するのかを再確認したところ「これが最後になるかも。思い出を作りに行きたい」とお話されました。

そしてついに、2023年12月2日、すべての準備を整え、思い出の京都競馬場へ出発することになりました。S様の同行者は、S様のお姉様とご家族様3名、藪看護師、木田介護リーダー、渡辺相談員です。

競馬場への到着まで、S様は車の中で時々ご家族様と話したり、窓の外に流れる景色を見て目をきょろきょろと動かしたりしていました。到着後、昔と違ってとてもきれいになった競馬場に驚かれていましたが、馬を見つけると笑顔になり、じっと見つめていらっしゃいました。

天候も良く、穏やかに晴れた一日でした。たん吸引が必要とされているS様ではありましたが、ゴロゴロというたんがからんでいる音はまったく聞くこともありませんでした。

当日、京都競馬場でのレースはありませんでしたが、スクリーンには他の競馬場で行われているレースが実況中継されていました。ご家族様が「おやじは昔、赤鉛筆を耳の上にさして、競馬新聞で予想してたなぁ。その風景、思い出したわ」と話しかけ、S様も「うんうん」とうなずかれていました。お姉様もとても喜び「いい思い出ができたなぁ」とS様の手を握りしめ話しかけていました。

約3時間ではありましたが、ご家族様と共に思い出の場所に外出でき、S様とご家族様の「未来への約束」の実現を手助けすることができました。状態にも特に変わりなく、無事に帰館することができ、スタッフ全員で胸を撫でおろしましたが、そのわずか4日後、12月6日にS様は静かに息を引き取られました。

今回の取り組みの中で、ケアマネージャーは支援計画立案、相談員はマネジメント、看護師は体調管理、介護士は日常生活の援助にそれぞれ取り組み、S様の思い出の場所に外出するという1つの目標に向かって、チーム一丸となって支援していくことができました。また、ライフマップを活用することで、S様が人生の中で大事にしてきた気持ちや思いに寄り添うだけではなく、ご家族様との思い出も振り返る機会になりました。そしてその結果、競馬場へ行くという未来への約束も実行でき、入居者様にとって今後の目標につながる大切なツールであったと再認識することができました。

S様とのかかわりの中で「看取り=死にゆくだけ」と考えるのではなく、入居者様が本当に望んでいることや、その人が尊厳のある死を迎えるにあたって私達スタッフができることは何かを考え、行動していく必要性を学びました。今後は、エンドオブライフケアについてさらに深く考察し、すべての施設スタッフ対応できるようなツールを作成していきたいと思います。

(生活相談員 渡辺 由依奈)